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重症急性膵炎(宮路オサムさん)

重症急性膵炎で倒れれていた宮路オサム(みやじ・おさむ) 年末、いろいろなインタビューに体験談を語っておられるので抜粋して見ました。

宮路オサム(みやじ・おさむ)本名・細木一馬。昭和21年8月30日、茨城県生まれ。42年「殿さまキングス」を結 成、ボーカルを担当。コミック・バンドから歌謡曲に転向し、48年「なみだの操」が大ヒット。紅白歌合戦に3回出場。平成2年「殿さま-」解散後、同年 「一世一代」でソロデビューする。独特な節回しが特徴。

YOMIURI ONLINE

「急性膵(すい)炎」(1)薄れゆく意識に「覚悟」した

 前兆は、1年ほど前からあった。体がだるく、歌に集中できない。「医者に診てもらっても原因が分からず、毎日、中ぶらりんな気持ちを抱えて過ごしていました」

 不安が的中したのは一昨年の4月。地方でのコンサート開始30分前。いつもなら緊張で張りつめている時間に、ソファでぐったり横になり、スタッフを驚かせた。終了後、スタッフに缶ビールを3本買いに行かせたのに、なぜか1本も口にしなかった。

 翌日はNHKの仕事があるため、帰宅後、風呂に入り、午後10時にはベッドに入った。間もなく、背中に痛みを感じ、体が震えだした。立っていれば痛みは消えるが、横になると痛み出す。

 「寝室を出たり入ったりを繰り返した後、『これはおかしい』と女房に病院へ車で運んでもらったんです」

 病院では即入院を言い渡された。「『明日の仕事が午後4時に終わるので、それから入院します』って言ったら、ひどく怒られました」

 エコー検査などを受けるうち、意識は次第に薄れていった。「大変だ。ここで止まってくれ」。医師たちの緊迫した声を遠くに聞きながら、「ああ、おれは死ぬんだな、と思いましたね」

「急性膵(すい)炎」(2)点滴がジョッキに見えた

 入院の翌日、ベッドで目をさますと、医師から「峠は越えましたよ」と告げられた。重症の急性膵炎だった。膵臓が消化液の膵液で、自分自身を溶かす病気だ。

 「私の場合、半分とけて肝臓にも炎症が広がり、妻は『生存率は50%』と医師から言われたそうです」。6割溶ければ大手術だったが、何とか手術なしで済んだ。「でも、また火が燃え上がるんじゃないかと、1週間くらい生きた心地がしませんでした」

 原因は酒の飲み過ぎ。膵臓に負担をかけ過ぎたためらしい。治療は、膵臓を絶対安静に保つため、口からは水も食べ物も入れないことだ。入院当初は点滴のみだった。

 「実は私はアルコール依存症だったようで、入院中はひどい幻覚に悩まされました。半狂乱に近く、病院側が気をつかって、見舞客に『もう退院されました』とウソをついてくれたほどです」

 点滴のビンがビールジョッキに見えて、針をはずして飲もうとしたり、そのビンを使ってマジックショーをやったり。「ベッドにベルトで体を固定され た時は、飛行機に乗ったつもりになり、乗務員に見えた看護師に『この飛行機、どこ行くの』なんて聞いたのを、自分でも覚えています」

「急性膵(すい)炎」(3)胃潰瘍の教訓忘れた「罰」

 重症急性膵炎で倒れるまで、酒やたばこがない生活など考えたことすらなかった。「仕事柄、医者が言うような健康な生活は最初から無理。

 肝臓や肺は気にしてサプリメント(栄養補助食品)をとっていましたが、膵臓がやられるとは思わなかった。14年前のことがあったのに、のど元過ぎればという感じで、神様が怒ったんでしょう」

 三重県にある妻の実家を訪ねた時のことだ。背中全体に激しい痛みを感じて倒れ、近くの病院に救急車で搬送された。急性の胃潰瘍(かいよう)で胃に穴が開いていた。緊急手術で胃を摘出、腹の中全体をきれいに洗浄してもらった。

 「東京なら入院に時間がかかり、手遅れだったかも」。原因は明らかだった。1970年代に「なみだの操」などを大ヒットさせたバンド「殿さまキングス」を解散後、会社を作り、お金の計算もスケジュールも自分で行うようになり、心労が重なった。

 その後、一時は酒をやめたが、回復するにつれてビール中びん1本が2本、2本が4本に増え、1年後には我慢していた反動か、以前の倍も飲むようになってしまった。

 「『酔いどれオサムちゃん』と呼ばれるのが、かっこいいつもりになっていました」

「急性膵(すい)炎」(4)神様からのアンコール

 「歌は、医師でも治せない心を癒やせる素晴らしい仕事。歌うなら酒はやめてくれ。生き延びたのは、神様からのアンコールだ」。退院前、医師が涙ながらに諭してくれた。

 「倒れてから家族や友人、仕事仲間にどれだけ迷惑をかけたか。『宮路の歌いいね』と言ってくれる人に恩返しするためにも、体を大切にして歌い続けようと思いました」

 約3か月間、仕事を休み、復帰後は完全に酒を断った。だが、病気のことは今春まで伏せていた。

 「具合が悪いと知れたら、仕事を頼む側を心配させる。酒席では『願掛け中』とごまかしました。でも、ホテルの部屋にも酒がある。家族の写真を見て誘惑に耐えました」

 病気を公表してからは、周囲が気をつかってくれた。食事は、膵臓に負担をかけないように、野菜は多め、たんぱく源は白身魚や脂身が少ない鶏肉などが中心だ。

 「不作法で無精者 どうにかここまで 生きてきた」(作詞・京えりこ、作曲・大谷明裕)。昨年発売の「風来ながれ唄」は、大病を乗り越えたベテラン演歌歌手の心境にぴったりだ。

風来ながれ唄/夢あわせ風来ながれ唄/夢あわせ
(2007/01/17)
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[ 2009/01/11 02:22 ] 膵炎 急性膵炎 | TB(0) | CM(0)
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