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大野病院事件への報道

大野病院事件の報道・会見・新聞各社の社説等についてまとめて見ました。

まだまだ、各界からのコメントがでるものと思われますが、今朝までに会見等が行われたものを載せて見ました。判決諭旨はこちらに載せてあります。

関係者のコメントでは、被告・被害者・検察の他に被告を支援して来た団体からのコメントが出ており、個人的に支援されていた産科医の方々はブログなどに寄せられています。

私が感じたのは、遺族の会見でお父さんが述べられていた「私が本当に知りたいのは、手術中の詳細なやりとりではなく、(加藤医師が)どうして態勢の整った病院に娘を移さなかったのかということだった。裁判では明らかにされず悔しい。」という言葉に、あれ、そうだったの?と思いました、この裁判の報道では表にでてたのでしょうか?
加藤医師が別の病院に娘さんを移送しなかったことは裁判の争点にはなっていません。
争点ではないわけですから、移送しなかったことをメインテーマにこの事件を、世間に訴えて行くことはできません。このことはほとんど報道されていなかったと思いますし、各紙の社説でも取り上げられていません。何故?
これは、お父さん、悔しくてたまらないだろうなと思います。自分が訴えたいこととは別のところで裁判が進んで行き、マスメディアも「医療叩き」から変化していき、訴えたいことが届かない。
この裁判、これで終わるのか続くのが現時点ではわかりませんが、これを機に、医療も良い方に変わってもらえたら」と理由を説明。また、国が進めている“医療版事故調”設置については「真実を説明してもらえる機関になってもらいたい」。という願いも届かないという事にならないようにと思っています。

いったいこの裁判にどんな意味があったのか?
検察は文字通り敗北し、医療側も崩壊がいっそう進み、遺族の思いは空回りし、マスコミは迷走を深め、行政はますます無能さを露呈し、市民は不安感がつのるばかり...

しかし、被害者(と呼称するには違和感がありますが)の遺族の方の思い、医療体制の見直しと、不当逮捕(と私は思っています)についてはそれぞれ別の観点から見なければいけないんじゃないかなと思いました。

報道については、判決後にやや論調が変化しているように思います。これは、各医療関係者のブログなどを中心とした主張もそうですが、医療事故を刑事事件として扱うことに対して危機感を抱いた現場の医師が、そして様々な学会・医療関係団体などが論陣を張り一つ社会運動となった頃から、迎合しない意見、いろんな観点から検証しようとすることなど、あってしかるべきモノが隠れてしまったということも合わせて、すこしいびつな形ではないかなと思います。

亡くなられた妊婦の安全を第一に考えれば、他に選ぶべき選択肢があったはずだ(おそらく遺族の主張はこうではないかと私は感じました。)と公に発言することは、多くの攻撃を医療関係者、知識人から受けることになるでしょう。そのためなのか、妊婦の命が失われたという大きな事実を真正面から捉えて発言する人は医師の中には見当たらず、被告の過失があったかなかった、逮捕・起訴が妥当であったのかへ争点が集中しすぎているように思いました。

また、今回のニュースで幾度となく出てくるであろう「医療事故調査委員会(仮称)」これを推し進めている厚生労働省のコメントが出てこないのは何故なのでしょうか?

無罪の加藤医師が会見 「ほっとした」 大野病院事件   産経 新聞

 無罪判決を受けた加藤克彦医師(40)は20日午後、福島市内で記者会見し、「ほっとした」と胸の内を率直に語り、「今後は、地域医療の現場で患者にできることを精いっぱいやっていきたい」と、現場復帰の意思を明らかにした。

 主任弁護人の平岩敬一弁護士は判決を評価するとともに、「医師に不安が広まったことや、産科医の減少といった悪影響がなくなればいい」と話した。

死亡女性の父親が会見 「非常に残念」 大野病院事件   産経 新聞

「私が本当に知りたいのは、手術中の詳細なやりとりではなく、(加藤医師が)どうして態勢の整った病院に娘を移さなかったのかということだった。裁判では明らかにされず悔しい。命を預かっている以上、すべての不安を取り除いて臨んでほしかった」と、不満をあらわにした。

一方、捜査機関に対しては「自分1人ではここまでこられなかった。裁判になったおかげで分かったことがたくさんあった」と感謝の気持ちを口にした。

「逮捕は正当」 県警と地検がコメント 大野病院事件   産経 新聞

県警の佐々木賢刑事総務課長は「県警として捜査を尽くした。判決についてはコメントできる立場にない」と言及を避けた。また、加藤医師を逮捕したことについても「法律と証拠に基づいて必要性を慎重に検討し、正当な手続きを経て逮捕した」と話すにとどめた。

 一方、福島地検の村上満男次席検事は「当方の主張が認められず残念。今後は判決内容を精査し、上級庁と協議の上、適切に対処したい」とする談話を発表した。

大野病院事件「妥当な判決」 日産婦学会が声明
   産経 新聞

 福島地裁の無罪判決を受け、日本産科婦人科学会の吉村泰典理事長は20日昼、記者会見し「実地医療の困難さとリスクに理解を示した妥当な判決」と判決を評価。

日本生殖医学会も歓迎 大野病院事件無罪判決
   産経 新聞

「医療提供者には常にベストを尽くして治療する義務がある」とした上で「全力を尽くしても、治療結果は個別で異なり、最終的に最悪の結果になる場合がある。これは社会の常識で、法律上も正しいと判断された」

無罪に対し何をすべきか―日病・山本会長   CBニュース

日本病院会(日病)の山本修三会長は8月20日、キャリアブレインの取材に対し、「医療関係者として、少しほっとしている」と安堵(あんど)の表情を浮かべながらも、「29歳のお母さんが亡くなったという事実を忘れてはならない」と、遺族の感情に配慮を示した。また、山本会長は「無罪になったが、『これでよかった』と終わってはいけない。無罪に対して、われわれ医療者は何をすべきか」と語り、医療事故の原因を調査する「医療安全調査委員会」(仮称)の設置に意欲を見せた。

大手各紙の社説等


「産科医無罪―医療再生のきっかけに」~朝日新聞社説


 判決は医療界の常識に沿ったものであり、納得できる。検察にとっても、これ以上争う意味はあるまい。控訴をすべきではない。今回の件では、捜査するにしても、医師を逮捕、起訴したことに無理があったのではないか。

 慣れない手術でまるで練習台のように患者を使う。カルテを改ざんする。そうした悪質な行為については、これまで通り刑事責任が問われるべきだが、そうでないケースについては捜査当局は介入を控えるべきだろう。

 今回の立件は、医師の間から「ある確率で起きる不可避な事態にまで刑事責任が問われるなら、医療は成り立たない」と反発を招き、全国的な産科医不足に拍車をかける結果にもなった。産科の診療をやめた病院も多い。

 無罪判決に、全国の医師らはほっとしたに違いない。だが、捜査当局が立件しようとした背景に、医師に対する患者や家族の不信感があることを忘れてもらっては困る。この判決を機に、医療の再生を図れるかどうかは、医療機関や医師たちの肩にかかっている。


産科医無罪 医療安全調査委の実現を急げ 読売社説

 そもそも、医師を逮捕までする必要があったのだろうか。疑問を禁じ得ない。

 まだ1審であり、医師の無罪が確定したわけではない。だが、医療事故に関して、警察がいきなり捜査に入る現状は危うい。

 刑事責任を問うべきほどの事案かどうかは、まず中立的な専門機関で判断した方がいい。厚生労働省が検討中の「医療安全調査委員会」の創設を急ぐべきだ。

 調査委構想は法案化目前まで煮詰まってきた。ところが医療界の中に、警察に通知する仕組みがある限り反対するとの声が強く、足踏みしている。

 悪質な事例を通知するのは当然だろう。犯罪の可能性があるのに通知しないのならば、調査委ができたとしても、警察が直接捜査に乗り出す状況は変わるまい。

産科医無罪判決 医療を萎縮させぬ捜査を 産経新聞

 医療を萎縮(いしゅく)させないために、捜査当局は幅広く専門家の意見を聞くなどもっと慎重に対応すべきだった。
逮捕せずに書類送検で在宅起訴して刑事立件する捜査手法もあったはずだ。ただ、今後、
医療過誤に対する捜査も萎縮するような事態は避けたい。
 手術には医師の予測を超える事態も起こり、大なり小なり危険は付きものである。だからといって救命の手は緩めてはならない。
医療は患者のためにある。治療の前に患者側にインフォームドコンセント(説明と同意)を十分行い、
難しい局面を経験と知識で乗り切って患者の命を救おうと努めるのが医師の使命だろう。
 判決は「警察への届け出義務はなかった」とも判断した。医師法は病死と断定できず、異状があると認められたときは
警察に届け出るよう医師に義務付けている。だが、異状死に明確な定義がない。これも法律整備が求められる。
 今回の判決は創設が検討されている「医療安全調査委員会」制度にも大きな影響を与えるだろうが、この制度は事故原因を究明し、
真に再発防止を目指す組織でなければ意味がない。


帝王切開判決 公正中立な医療審査の確立を 毎日新聞 社説

 「癒着胎盤」という極めてまれな疾患に見舞われたケースだが、判決は手術中の大量出血のおそれを予見したり、手術方法の変更によって「結果回避の可能性があった」と認定した。刑事責任は認められないが、最善の医療ではなかった、とも読み取れる内容だ。

 事故は産婦人科の医師不足が深刻化する中で起きたため、医師が萎縮(いしゅく)すると懸念する声が医療界に広がり、福島県警の捜査で産婦人科離れが加速した、と指摘された。日本産科婦人科学会などは「通常の医療行為で刑事責任を問われたのでは医療は成り立たない」と執刀医の逮捕、起訴を批判した。

 しかし、こうした考え方が市民にすんなり受け入れられるだろうか。医師の資質を疑いたくなるような医療事故が繰り返されており、医療従事者の隠ぺい体質や仲間意識の強さ、学閥を背景にしたかばい合いの常態化などを考慮すれば、慎重な調査、検証は欠かせない。県警が異例の強制捜査に踏み切ったのも、社会に渦巻く医療への不信を意識したればこそだろう。

 カルテやレセプト(診療報酬明細書)の開示の徹底など開かれた医療の実現が前提条件となることは言うまでもない。判決は、医師に警察署への届け出を義務づけている「異状死」に、患者が診療を受けている疾病で死亡した場合は該当しない、との判断を示したが、事故死については第三者の判断を仰ぐべきだ。医師は事故を隠さず、患者側には納得のいく説明を尽くす。それが医療の信頼回復にもつながるはずだ。


産科医無罪―医療再生のきっかけに 朝日新聞 2008年8月21日(木)付 社説

 医療界がかたずをのんで見守っていた裁判で、無罪判決が下った。

 4年前、福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡し、執刀した医師が業務上過失致死などの罪に問われた。福島地裁の結論は、手術はほとんどの医師が行っている標準的なもので、過失はない、というものだ。

 赤ちゃんは手術で無事生まれた。しかし、普通は産後に自然にはがれる胎盤が子宮に癒着していた。このため、医師は手術用ハサミを使って胎盤を切り離したところ、大量の出血が始まった。その後、医師は子宮そのものを摘出したが、母親は失血死した。



 検察側は「癒着した胎盤を無理にはがさずに、子宮を取り出すべきだった」と医師の過失を主張した。しかし、判決は、胎盤をはがすことは普通の医療であって中止すべき義務はなかった、として退けた。

 判決は医療界の常識に沿ったものであり、納得できる。検察にとっても、これ以上争う意味はあるまい。控訴をすべきではない。今回の件では、捜査するにしても、医師を逮捕、起訴したことに無理があったのではないか。

 慣れない手術でまるで練習台のように患者を使う。カルテを改ざんする。そうした悪質な行為については、これまで通り刑事責任が問われるべきだが、そうでないケースについては捜査当局は介入を控えるべきだろう。

 今回の立件は、医師の間から「ある確率で起きる不可避な事態にまで刑事責任が問われるなら、医療は成り立たない」と反発を招き、全国的な産科医不足に拍車をかける結果にもなった。産科の診療をやめた病院も多い。

 無罪判決に、全国の医師らはほっとしたに違いない。だが、捜査当局が立件しようとした背景に、医師に対する患者や家族の不信感があることを忘れてもらっては困る。この判決を機に、医療の再生を図れるかどうかは、医療機関や医師たちの肩にかかっている。

 まず、診療中に予期せぬ結果が生じたときに、原因を突き止め、患者や家族に誠実に説明することが大切だ。そのうえで、再発防止策を取らなければならない。

 医療にはさまざまな危険が伴う。だからこそ、何が起きたかを明らかにするのは、プロとしての医師の責任であることを肝に銘じてほしい。

 当事者の調査や説明だけでは患者や家族が納得しないこともある。政府が準備を進めている第三者機関「医療安全調査委員会」をぜひ実現したい。

 調査の結果が警察の捜査に使われることへの反発が医療界にあるようだが、きわめて悪質な行為以外は捜査に使わないことを明確にしたうえで、発足を急ぐべきだ。それが患者側の不信感を取り除き、医師が安心して仕事をできる環境づくりにつながる。


産科医無罪 医療安全調査委の実現を急げ(8月21日付・読売社説)


 医療事故の原因究明や責任追及は、どのような形で行われるべきか。それにひとつの答えを出した判決とも言えよう。

 福島県立大野病院で帝王切開を受けた女性が死亡し、執刀した産婦人科医が逮捕・起訴された事件で、福島地裁は被告の医師を無罪とした。

 女性は、子宮に癒着した胎盤をはがす処置で大量出血し、亡くなった。検察と警察は、胎盤をはがさずに子宮ごと摘出するのが「医学的準則」だった、として業務上過失致死罪などに問うた。

 しかし判決は、「医学的準則」とは同じ場面に直面した医師のほとんどが選択するものでなければならず、今回のケースはその証明がない、とした。医学的見解が分かれる中で刑事責任を追及した捜査当局への批判が読み取れる。

 事件が医療界に与えた衝撃は極めて大きかった。医師が逮捕された後に、全国で多数の病院が出産の取り扱いを中止した。医学生は産科のみならず、外科など命にかかわる手術を行う分野を避けるようになった。

 そもそも、医師を逮捕までする必要があったのだろうか。疑問を禁じ得ない。

 まだ1審であり、医師の無罪が確定したわけではない。だが、医療事故に関して、警察がいきなり捜査に入る現状は危うい。

 刑事責任を問うべきほどの事案かどうかは、まず中立的な専門機関で判断した方がいい。厚生労働省が検討中の「医療安全調査委員会」の創設を急ぐべきだ。

 厚労省の構想では、医療安全調査委は中央と地方ブロックごとに設ける。メンバーは医師だけでなく、法律家や他分野の有識者も加え、中立性を図る。

 予期せぬ形で患者が死亡した場合などに、医療機関から調査委への届け出を義務づけ、遺族からの調査依頼も受け付ける。調査委は個人情報に配慮しつつ報告書を公表し、再発防止策を提言する。

 故意や重大な過失、カルテの改竄(かいざん)といった悪質な事例のみ、警察に「通知」する。警察は調査委の判断を尊重し、通知の有無を踏まえて対応する。

 調査委構想は法案化目前まで煮詰まってきた。ところが医療界の中に、警察に通知する仕組みがある限り反対するとの声が強く、足踏みしている。

 悪質な事例を通知するのは当然だろう。犯罪の可能性があるのに通知しないのならば、調査委ができたとしても、警察が直接捜査に乗り出す状況は変わるまい。


大野病院事件無罪判決 裁判以外の解決策を 産経新聞

 産婦人科医が逮捕された大野病院事件で、福島地裁は「医師の判断と処置に過失はない」と無罪判決を言い渡した。医療のリスクに理解を示した判決である。

 事件は医療のさまざまな問題を投げかけた。捜査当局や厚生労働省、医療関係者は問題解決の努力を怠ってはならない。

 手術中に死亡した妊婦は、胎盤が子宮口をふさぐ前置胎盤のうえに胎盤がはがれない癒着胎盤だった。珍しい症例で治療も難しかった。医師は帝王切開で子供を取り出した後、癒着した胎盤をはがしたが、大量出血を起こした。福島県警は医療過誤を認める県の調査報告を手掛かりに業務上過失致死と医師法(異状死の届け出義務)違反容疑で医師を逮捕した。

 しかし、判決は検察側の立証を認めず、剥離(はくり)を続けた医師の行為を「標準的」と判断した。

 大野病院事件はカルテの改竄(かいざん)や技量もないのに高度な医療を施した医療過誤事件とは違った。それでも警察の捜査は医師の裁量にまで踏み込んで過失責任の罪を問うた。当然、医療界は「最善を尽くして逮捕されるならもう手術はできない」と反発し、産科医離れに拍車をかけた。

 医療を萎縮(いしゅく)させないために、捜査当局は幅広く専門家の意見を聞くなどもっと慎重に対応すべきだった。逮捕せずに書類送検で在宅起訴して刑事立件する捜査手法もあったはずだ。ただ、今後、医療過誤に対する捜査も萎縮するような事態は避けたい。

 手術には医師の予測を超える事態も起こり、大なり小なり危険は付きものである。だからといって救命の手は緩めてはならない。医療は患者のためにある。治療の前に患者側にインフォームドコンセント(説明と同意)を十分行い、難しい局面を経験と知識で乗り切って患者の命を救おうと努めるのが医師の使命だろう。

 判決は「警察への届け出義務はなかった」とも判断した。医師法は病死と断定できず、異状があると認められたときは警察に届け出るよう医師に義務付けている。だが、異状死に明確な定義がない。これも法律整備が求められる。

 今回の判決は創設が検討されている「医療安全調査委員会」制度にも大きな影響を与えるだろうが、この制度は事故原因を究明し、真に再発防止を目指す組織でなければ意味がない。


帝王切開判決 公正中立な医療審査の確立を 毎日新聞 社説

 4年前、福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡した事故で、福島地裁が業務上過失致死罪と医師法違反に問われた執刀医を無罪とした。医師の裁量を幅広くとらえ、「過失はなかった」とする判断である。

 「癒着胎盤」という極めてまれな疾患に見舞われたケースだが、判決は手術中の大量出血のおそれを予見したり、手術方法の変更によって「結果回避の可能性があった」と認定した。刑事責任は認められないが、最善の医療ではなかった、とも読み取れる内容だ。

 事故は産婦人科の医師不足が深刻化する中で起きたため、医師が萎縮(いしゅく)すると懸念する声が医療界に広がり、福島県警の捜査で産婦人科離れが加速した、と指摘された。日本産科婦人科学会などは「通常の医療行為で刑事責任を問われたのでは医療は成り立たない」と執刀医の逮捕、起訴を批判した。

 しかし、こうした考え方が市民にすんなり受け入れられるだろうか。医師の資質を疑いたくなるような医療事故が繰り返されており、医療従事者の隠ぺい体質や仲間意識の強さ、学閥を背景にしたかばい合いの常態化などを考慮すれば、慎重な調査、検証は欠かせない。県警が異例の強制捜査に踏み切ったのも、社会に渦巻く医療への不信を意識したればこそだろう。

 もちろん、警察権力は医療にいたずらに介入すべきではない。刑事責任を追及する対象は、明らかな犯罪行為や常識からかけ離れた医療行為などに限定すべきだ。経験や技量の不足に起因するものは、民事上の損害賠償で償ったり、行政罰に処するのが先決だろう。結果として患者を死に至らしめたとしても、懸命に救命を図った医師に手錠をはめることが社会正義にかなうとも考えにくい。

 多発する医療過誤訴訟に対応するためにも、公正中立な立場で、医療行為の適否を判断するシステムが求められる。日本産科婦人科学会も提言しているように、第三者による専門機関の設置が必要だ。厚生労働省も医療安全調査委員会の新設を目指しているが、先進諸国には法医学者が役割を担っている例もある。医師が主導することが望ましい。医療現場に司直を踏み込ませたくないのなら、なおさら設置を急ぐべきだ。

 カルテやレセプト(診療報酬明細書)の開示の徹底など開かれた医療の実現が前提条件となることは言うまでもない。判決は、医師に警察署への届け出を義務づけている「異状死」に、患者が診療を受けている疾病で死亡した場合は該当しない、との判断を示したが、事故死については第三者の判断を仰ぐべきだ。医師は事故を隠さず、患者側には納得のいく説明を尽くす。それが医療の信頼回復にもつながるはずだ。


[ 2008/08/21 06:58 ] いろいろ 日常生活 | TB(0) | CM(3)
うーん
新聞によって随分温度差がありますね
この温度差を知らずに新聞の報道をそのまま受け取ってしまうと、読者は新聞によってこの事件に対する考え方がかわるということになりますね
マスコミの使命は公平性だと思うだけに、この状況はどうだか・・・。
[ 2008/08/21 20:53 ] [ 編集 ]
論調の違い☆
amylaseさま☆

公平に、また 当たり障りの無いように書こうとすると、
表現は 最終的な部分ですこし具体性を欠いてくるという感じも受けます☆
どの紙も 第三者機関の早い、また 実効性ある実現をと結んでいますが、論調としては産経がこの問題のうしろにある医療崩壊に対して、意識が強いかなという印象は受けます☆
厚生労働省 にも努力をと書かれてあるのは産経だけですが、いずれにしましても
「今だけ」の対応ではなく、これについては各紙とも
今後も粘り強いところを見せて頂きたいと思います☆
現在の情勢のままでは、
こうした事例が
今後も続かないという保証は少ないと思いますし・・

ねこみみ☆
[ 2008/08/23 01:21 ] [ 編集 ]
リベラルという言葉が一昔はやりましたが、マスコミはそれぞれの独自性を持つ時代に来ているのではないかなと思います。

ヒステリックにリベラルと言う大義名分を掲げて同じに方向突き進むのは非常に危険な情報操作になってしまうような気がします。

もっとも、いろいろな情報に踊らされて是是非がわからない民度にも問題はあるのでしょうが
[ 2008/08/26 15:20 ] [ 編集 ]
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