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パウシュ教授の膵癌治療 続

最後の授業 ぼくの命があるうちにを行ったその後です。

2007年10月19日 緩和的化学療法が効いている!!!!

10月1日に私はCTスキャンを撮り、続けてPET-CTスキャンを10月13日に撮った。どちらも私たちの望んでいた結果を示していた。脾臓の腫瘍はなくなり、肝臓にある1ダースほどの腫瘍も変化がないか、若干小さくなっていた。

これはゲムシタビン+タルセバを処方した人の15%にしか起きないことだ。宝くじみたいなものであり、私はそれに当たったのだ。統計的に言うと、健康な時間を2-4ヶ月余分に手にしたことになる。言い換えるなら、人生の残り時間を2倍にしたということだ。あなたもやってみるといい!

特に重要なのは、これにより「プランB」を行えるだけの時間が得られたということだ。ゲムシタビン+タルセバはいつまでも効き続けるわけではない。次の手をいつでも出せるように用意しておきたい 。

私が現在目を向けているものには、他の化学療法、ワクチンを使うアプローチ(私のがん細胞から作るカスタムメードのワクチンを含む)、それに内容を話すことのできない極秘のものもある。自分が受けている医療のクオリティの高さにはぞくぞくしており、人類が提供しうる最新鋭の治療をうけているのだと実感している。

そうは言え、ここで「勝利」が意味するのは時間を稼ぐということに過ぎない。奇跡のような治療法が開発されて私に人並みの長さの人生を与えてくれる希望は抱き続けるだろうが、今のところは、一度に数ヶ月生き延びるべく闘っている。

私の生活の質はとてもいい。毎日1時間自転車に乗り、子供たちと好きなだけ遊び、世界で最も素晴らしい女性と結婚したことを楽しんでいる。毎週、化学療法の後24-72時間は、間欠的に起きる腹痛、疲れ、軽い「風邪のような症状」があるが、扱いかねるほどのものではない。歩き回れることの対価としては安いものだ。

2007年11月6日

ジェイと私は久々に子供抜きで休日を楽しんだ。

3泊3日でウィリアムズバーグとシャーロッツビルを冒険旅行した。バージニア大ではポリスの公演を見た。コンサートは本当に素晴らしかった。

ジェイはポリスの大ファンだったので、舞台裏に招待されてバンドの人たちに会えたのをどんなに喜んだか想像してほしい。これを実現してくれたゲイブリエル・ロビンズとその他のバージニア大の人たちに感謝している。

2007年11月19日

ピッツバーグ市が11月19日を「ランディ・パウシュの日」に決めた。賞状はランディ・ブライアントが私の代わりに受け取ってくれた。カーネギーメロンとピッツバーグがどんなに素晴らしいかを世界に示したことに対し、電話で彼らから感謝の言葉をもらった。

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2007年11月21日

先月、私はたくさんの賞を受賞した。正直自分がこれらの賞にふさわしいと思えないことを認めないとしたら不誠実というものだろう。どう見ても「死にゆく者に賞を与える」要因があるのは確かだ。しかしこれはカーネギーメロンにとってもいいことだし、ありがたく受けることにした。よく言うように、「死ぬというのはいいキャリア戦略なのだ」:-)

具体的には

ACM SIGCSE Outstanding Educator Award (ACMコンピュータサイエンス教育分科会最優秀教育者賞): これは年次カンファレンスの基調講演でAliceのことを話せるので素晴らしい。3月12日だ。ビデオの魔法を使って「生きていようと死んでいようと」この講演をやるつもりでいる。 ;-)

ACM Karl V. Karlstrom Outstanding Educator Award (ACMカール・V・カールストロム記念最優秀教育者賞): これはアンディ・ヴァン・ダムが電話で知らせてくれたので特に感動した。

ACM Fellow (ACMフェロー): 私が果たしてこれにふさわしいのか確信がないが、とても栄誉に思う。

CHI Academy (CHIアカデミー): ACMフェローと同様、私には過分だが、とても名誉に思う。

2007年11月21日 最後の授業 ぼくの命があるうちにが本に

ジェフリー・ザスローのコラムがウォールストリートジャーナル(WSJ)に出て以来、1ダースばかりの出版社が私にメールしてきて、これに基づいて本を書く気はないかと聞いてきた。(これはお話にならなかった。このときはまだ緩和的化学療法に効果が出ておらず、いい健康状態でいられるのは6週間くらいだと思っていたからだ。) 緩和的化学療法が効果を上げ始めると、一息付く余裕ができて、この話をジェイにすると、彼女はそうしてほしいと言ってくれた。彼女は実際とても断固としていた。残された時間でジェイと子供たちのために「マニュアルを書く」ことを私たちはいつも話し合っていた。そしてこれが「本物の」プロジェクトとなれば、私がいっそう真剣に取り組むと思ったようだ。

WSJのジェフリー・ザスローは素晴らしい作家で、進んで私のパートナーとして重労働することを引き受けてくれた。2人がパートナーとして本を書くという取り決めだが、実際書くのは彼の方だ(Aliceチームの同僚は笑っていることだろう。この私が本を書くスタイルは彼らにはおなじみのものだ)。こうすることのいいところは、私たちが家族で過ごす時間をほとんど減らさずに済むことだ。毎日、私が自転車に乗る1時間の間に、ジェフと携帯電話で話している。このやり方は既に素晴らしい体験となっている。彼は私から、自分でやっても引き出せないようなことをうまく引き出してくれるのだ。

ニュースメディアに対してはちょっとがっかりしている。ジェフが私の話で金儲けしようとしているみたいなことを言っている。そんなのは単に正しくない。彼にせよ私にせよ、金儲けしようなんて思っていない(印税がたくさん前払いされたのに2人とも驚いたくらいだ)。彼がこれを自分で仕組んだかのように伝えているのは特に間違っている。

この本を出版するのがDisneyの出版部門であるハイペリオンであるこにワクワクしている。これは何かふさわしいことに思えるし、彼らは一緒に仕事して素晴らしい人たちだ。私の状況に対してとても敬意を払ってくれている。この本のプレスリリースがここにある。

2007年11月28日

私がDリスト有名人(キャシー・グリフィンのパロディ)であることを何か良いことのために使えないか、ジェイと私で考えてきた。私はすい臓がんアクションネットワーク (PanCAN)とラストガーテン財団の両方で活動していて、公共広告のビデオを撮ったり、ワシントンの政治家に会ったりしている。すい臓がんがこれほど見捨てられた病気である理由は、ワシントンへの行進を導いてくれる長期生存者があまりいないためだ。だから私は「すい臓がんのマイケル・J・フォックス」になろうと試みている。


2007年11月29日

私が余命宣告を受けてすぐ、私たち家族はバージニアに引っ越した。目的は家族ができるだけ早く落ち着けるようにすることだ。この戦略は正しかったことがわかった。ここでの生活は物的な面でずっと楽だ(暖かい気候、静かな郊外)。ピッツバーグの人たちに会えないのは淋しいが、新しいご近所の人たちは暖かく迎え入れてくれ、子供たちも元気にしている。これはいつでも私たちの主要な関心事だ。ジェイの家族の近くにいられるのは予想したとおり大きな利点があった。

ディランは幼稚園が気に入り、空手の授業を受けている。ローガンはおむつが取れた(あの子が「おむつは自分で使っていたんだ!」と言うプライドは本当にノーマン・ロックウェル的だ)。クロエは100語くらいしゃべれるようになり、 その一言一言に心がとろけそうになる。残念ながら最近彼女は「だめだめだめだめ」というのを覚えて、これを1つの言葉のように使っている。ジェイは新しい家を飾っている(つまり「巣作り」だ ね)。私たちには素晴らしい乳母のレイチェルと、ピッツバーグから手助けに来てくれるローラがいて、私たちがたびたび旅行できるようにしてくれる。

ホスピスという選択肢も視野に入れ始めている。何にしても、子供たちが新しい生活に慣れ、来るべき嵐に備えて落ち着けたことをジェイと私は喜んでいる。

2007年12月1日

私は「アメリカで最も健康な末期患者」候補だと思う。

私ががん専門医にスキューバに行っても大丈夫かと聞いたら、しばらく考えてからこう答えた。「医学的にはそうできない理由は思いつかないが…しかし正直なところ、転移性すい臓がん患者からはあまり聞かれない質問だね!」

ダイビング仲間のスティーブ、ジャック、スコットに感謝。彼らは水中でずっと私に注意を払っていてくれた。


2007年12月7日 緩和的化学療法は引き続き効いている!

緩和的化学療法(ゲムシタビン + タルセバ)は効き続けている。12月7日のCTスキャンは11月8日のスキャンをコピーしたように変化がなかった。腫瘍はまったく増えていない。(家でスコアをつけている人のために言うと) CA19-9は8月14日の208から11月2日の59に減り、11月26日は64だった。これはみんないいニュースだ。

地元のがん専門医のマイケル・リー(素晴らしい人で、彼自身がんを克服した)は、私の反応は1から10で点数を付けると10だと言った。

はっきりさせておく必要があるが、これは治ったということではない。あまり長くは続かない。現在「勝っている」というのは何ヶ月か稼いだということであって、何年も変わるわけではない。それでも私はこの「ボーナス時間」にはワクワクしている!!! それにクリスマスを元気な状態で過ごせそうだ。

たぶん遠からず私のカクテルにアバスチンを追加することになるだろう…これはたくさんの転移がん患者にとって魔法の薬になっているが、すい臓がんにはあまり大きな違いが出ないことが試験で示されている。しかし何人かの医者が、ある「幸運な」患者がこの薬で12ヶ月だか18ヶ月だか生きたという逸話を知っていた。だからその幸運な患者になるべく試みたいと思っている。

化学療法の副作用が少し出ている。週に1-2日は(点滴の後48時間後に始まる)軽い吐き気とすごい疲労感がある。「化学療法の日」を金曜日から月曜日に変えて、レイチェルが子供の世話の手伝いに来てくれる平日に一番具合の悪い日がくるようにした。ときどき指先やつま先の感覚がなくなる。頻繁ではないが、強い痛みをともなう腸の痙攣が起きる。しかし全体としては、がん業界で言うところの「歩き回れることに対する小さな代償」だ。赤血球数が少し減っているが、毎日自転車に乗り、子供たちと本気で遊び、人生を楽しむことができる。

一方で私はゲムシタビン + タルセバが効かなくなったときのための「プランB」治療を熱心に検討している。率直に言って銀の弾丸はないのだが、できる限りのことをするつもりだ。有力な候補はジョンズ・ホプキンスで開始しようとしているワクチンの試行と、患者向けにカスタマイズした治療を行うTGEN (www.tgen.org)だ。調べているものは他に30くらいあるが、この2つが最有力だ。

2007年12月23日 緩和的化学療法はいつまで効くか?

自然な疑問は、「緩和的化学療法(ゲムシタビン+タルセバ)はいつまで効き続け、腫瘍の拡大を抑えられるか?」ということだ。データによれば、ゲムシタビンで効果の出る転移性すい臓がん患者の割合はおおよそ10-15%だ。

がん専門医と話し、医学誌も読んだ。単一の答えというのはないが(ベル型の曲線になっているのは確かだ)、手に入るデータに基づいて推測するなら、腫瘍が「じっとしている」のはあと2-4ヶ月の間だ。

これはすごくありがたい。ジェイと私は「ボーナス時間」と呼んでいる。

医療方面で一般に合意されているのは「効いていることはとにかく続ける」ということらしい。効かなくなったら、試せることはたくさんあるが、それらはどれも、最初に試した方法の10-15%というのよりさらに見込みが低い。

何人かの人が、この感動的なジム・バルバーノのビデオのことを教えてくれた。彼は私と同様、末期がんであることを知りつつ講演を行った。個人的には、あと30秒しか残っていないと彼に知らせようとする部分が気に入っている!



2008年1月23日

すい臓がんアクションネットワークがRaise the Cureという大きなイニシアチブを立ち上げた。すい臓がん研究にもっと資金を出すよう議会に促すのが目的だ。

私は一日議会で過ごし、上院議員や下院議員に会った(「やあ、私はランディ、今日は『マイケル・J・フォックス』として来ました)。

2008年2月1日

これは私が最も良く聞かれる質問だ。短く答えるなら、腫瘍はまだ小さくて感じられないし、健康への影響も出ていない。

だから私の感じは化学療法によるものだ。疲れているように感じる日もあるし、風邪のような症状になるときもある(寒気、筋肉や関節の痛み)。私の消化管はまだ混乱状態にある。毎日4000カロリー食べているが、そうしないと体重を維持できないのだ。時々軽い吐き気がするが、頻繁ではないし、ごく軽いものだ。

先月出た新しい副作用はニューロパシーだ。指やつま先が無感覚になる。これは悪化しており、まだタッチタイプはできるが、タイプミスがものすごく多い。それから指先の感覚がなくほとんど圧力しか感じ取れないため、ポケットの中のものを見つけるのがすごく難しい。

しかし全体としては、歩き回れることの代償としては安いものだと思っている!

2008年2月9日 腫瘍が拡がり始めたが、反撃する

1月の最初の週に撮ったCTスキャンは、肝臓の腫瘍が徐々に拡がり始めていることを示していた。これは緩和的化学療法が効果を失いはじめているということで、大きな失望だ。

私たちの対抗策はアバスチンの追加だ(私の処方はゲムシタビン + タルセバ + アバスチンということになる)。これは賭けだが、アバスチンは悪い副作用がないので、最初に試すことにした。

そして効果が出た!

2月5日のスキャンでは、1ヶ月間で成長が見られなかった(幾分縮んだかもしれない)。私と医者は賭けが当たったことに大喜びした。

当然の疑問は、これがいつまで効いているかということだ。誰にもわからない。しかし効かなくなるまでは続けるつもりだ。うまくすると、これで何ヶ月か稼げるかもしれない。その間に、「次の手」を考えている。どれも副作用の点でより有害なものになる。だからその時のために備えている。

否定的な要素としては、

1) 腎機能が弱っている。まだ危険というほどではないが、悪い方向に向かっている。アバスチンが原因の可能性があるが、アバスチンとゲムシタビンと毎月撮っているCTスキャンの造影剤の組み合わせによるのかもしれない(多くの人は2月に一度しかスキャンしない)。だから腎臓を注意深く観察している。

2) この前の化学療法では3日間熱が出て、38度を超えたのに加え、吐き気がした。

これは小さな対価だ…肝臓に腫瘍がある人間には、腫瘍が大きくならない日はいい日なのだ!

2008年2月15日 6ヶ月後 … まだ生きており、元気だ

今日はとても重要な日だ。2007年8月15日に、私は「健康な状態でいられるのは3ヶ月から6ヶ月」だと言われた。

今日がその6ヶ月後になる。私がまだ生きている証拠に、今日のニューヨークタイムズを持った写真を挙げておく。

今日は自転車に乗った。化学療法の副作用でスタミナが多少落ちているが、それでも400メートルをほとんどのアメリカ人よりは速く走れると思う。

医者が間違っていたわけではない。彼らはいつも緩和的化学療法が効けば時間を稼ぐことができるが、勝算は高くないと言っていた。そして彼らは私の勝算を高くすべく見事に投薬を調整してきた。これがいつまで効き続けるかわからないが、私は残された一日一日を楽しむつもりだ。それがどれほど 多くある(あるいはわずかしかない)のだとしても。

2008年3月1日

スティーヴン・ジェイ・グールドが素晴らしいエッセイを書いている。すべてのがん患者が恩恵を受けるのではないかと思う。ほんの数ページの文章で、ここで読める。

2008年3月5日

いいニュースは腫瘍がまだ基本的に抑えられているということだ。

悪いニュースは、化学療法の薬の副作用が顕著になってきたことだ。私の腎臓の働きは50%よりだいぶ低くなっている(スコアをつけている人たちのために言うと、クレアチニンは3.4、BUNは54だ。) 血圧は100-200にまで上がっている…専門用語で言うと、私は「高拍出鬱血性心不全」だが、聞いた感じほどひどいわけではない。

これの辛い部分は腹腔に水がたまり始めていることで、腎不全と高血圧の副作用だ。特に具合が悪いのはたまった水が肺と心臓を圧迫することだ。私は横になって眠ること(呼吸すること)ができず、座ったままで眠ろうとするしかない。そして階段をちょっと上っただけで息が切れる。

この問題に対処するためいろいろなことをしている。
- 化学療法をすべて止めている。
- 高血圧治療をしている。
- 利尿剤を服用している。これは体から水分を排出することで、(理論上は)腹腔にたまった水を体が吸い出し、やがてはそれが尿として排泄されるようになる。
- 明日腎臓専門医と会うことになっている。
- 昨日輸血をした。これは減少した赤血球を補ってエネルギーを与えてくれる。

これは躓きだが、小さなものであることを願っている。しかし化学療法薬による腎臓へのダメージが恒久的なものであるなら、かなり具合の悪いことだ。

何か進展があればまたお伝えしよう。

2008年3月8日 入院

木曜日に、ジェイと私は腎臓専門医のトーマス・ウィーランに会った。素晴らしい人だ。臨床検査と私の症状から、肺のまわりの水を抜くのに利尿剤と「タップ」を組み合わせて使うことを勧めてくれた。スピードと安全性を考えると入院治療が望ましいということだったので、木曜の夜に入院した。

原因はまだ調べている最中だが、化学療法の薬が心臓と腎臓に大きな負担をかけたためだと考えている。それにより肺のまわりに水がたまったのだ。金曜の朝に彼らは「タップ」をした。針を背中から肋骨の間を通して差し込み、肺の外側の袋に穴を開ける(肺自体には開けない)。それから1リットル以上の水を吸い出した。臨床検査でわかっていたので驚くことでもなかった。1時間もかからずに、普通に呼吸できるようになった(このところずっと、がんばっても浅い呼吸しかできなかった)。一番いいのは、2週間ぶりでちゃんと横になって眠れるようになったことだ。これは本当に気持ちよく感じられる。

私の左肺の方にも1リットルばかり水があるが、こちらはまた針を刺すのではなく、利尿剤で出す予定だ。これはごく安全な治療だが、彼らは可能な限り体を傷つけないアプローチを選んでいる。

彼らは今、高血圧治療薬と利尿剤を、一番いい組み合わせになるよう調整している。心臓に長期的な障害が残らないことはとても確信があるが、腎臓の方についてはそう言い切れないとのことだ。まあそれでも私は現状で十分生きていける。心臓と腎臓が両方ともくたびれたときに水がたまってしまうのが一番大きな問題だった。

私はたぶん明日(日曜)か月曜に退院する。再びしゃんとするまでには1週間くらいかかるだろうが、水を抜いてもらったおかげで私はすでにずっと快適に感じている。ちなみにタップというのは、物理学的にはビール樽と同じ原理だ!

短期的な危機はコントロール下にある。がんの治療をどう続けるかという長期的な戦略は、新しい制約の元、今週見出す必要がある。

2008年3月13日

月曜の午後病院から開放された。私の守護天使であり、私に付き添うためピッツバーグから出向いてくれたMR・ケルシーに感謝。MR、君は最高だ。

排水したおかげでずっと良くなった(彼らは1.4リットルの液体を私の右肺の方から出した)。同じくらいの量が左肺にあるが、こちらは利尿剤で出す予定だ。穴を開けて排水するのは、小さいにしてもリスクがあるためだ。

医者に相談して、今日ワシントンDCに行く許可をもらった。すい臓がん研究のためにもっと投資すべきであることを議会で証言するためだ。かなりうまくいったと思う。職員の話では、議員たちがブラックベリー(スマートフォン)を置いて話に耳を傾けるというのはすごくいいサインだということだ。そしてこれはまさに起こったことだった。

ああ、それから「決して退屈することのない」カテゴリのこととして、私たちが車で行くときにかなりの事故に遭った。幸いみんな無事だったが、すごく皮肉なことになるところだった!

ジュリー・フレッシュマンと、そのほかPanCAN (www.pancan.org) のみんなには感謝している。彼らが私の証言を実現してくれた。やってきて手を貸してくれた長年の親友であるジャック・シェリフにも感謝している。心臓/腎臓のトラブルのため私はまだ少しふらつくのだが、みんなの助けのおかげで乗り切れた。この先何週間かでもっと回復できることを期待している。

2008年3月19日

議会に行った日を別にすると、1週間以上ずっと家で休んでいた。1日中ベッドで過ごすというのは私には普通のことではないが、疲労が非常に強い。

利尿薬のことをずいぶん勉強した。これは水分の排泄を促す薬だ。私の臓器不全(心臓/腎臓)の理由の一部は、体の中にたまった水分だ。利尿薬を使って12日間で9キロ排出させた。 すごい。絞られたブドウみたいな感じだ。

医者は私の心臓は本来の容量の80-90%くらいまでは回復するだろうと楽観的に見ている。最大の問題は、私の腎臓が回復して自分で機能するようになるかどうかだ。私たちは利尿薬をやめて、腎臓が働き出すか見ているところだ。確かなことがわかるまでには2週間くらいかかる。スコアを気にしている人のために言うと、クレアチニンレベルは最高で3.9だったが、3.4まで下がった。私の腎臓医(素晴らしい人物だ)はこれがとても勇気づけられる兆候だと言っている。

そういうわけで、私はずっと休み続けている。すごくいいニュースは、少なくとも血液マーカーに見る限り、腫瘍がとてもおとなしくしており、私が応戦できるほど回復する前のこの機会に暴れてやろうとはしていないことだ。CA19-9は先週の金曜日103で、前回化学療法を行ったときからわずかに増えているだけだ。

2008年3月26日

この何週間かはきつかった。一日中ほとんどベッドの中にいてエネルギーを温存する必要があったが、これは私には不自然なことだった。疲労感は苛立たしいばかりだ。しかし、ごくゆっくりではあるが、毎日体力を回復し始めている。

火曜日に心臓病医のところに行ったが、いいニュースがあった。心エコー図は私の心臓機能が確実に回復し、25%まで下がっていた「駆出率」(心臓の血液を送り出す力 を表す)が、今では低いときでも45%、通常は55%から70%になっていることがわかった。心臓医はまた、私の疲労は血圧治療薬の1つ(コレグ)のためかもしれないと言っていた。たぶん来週別な薬に変えるので、もっと良くなるだろう。

腎臓の方については、腎臓医がすごく喜んでいた。家で試合のスコアをチェックしている人たちのために言うと、私の(一時は3.9にまでなった)クレアチニンレベルが3.1に下がり、これは私の腎機能が回復しつつあるしるしだ。

唯一悪いニュースは、腫瘍がおとなしくしすぎだと思ったらしいことだ。CA19-9が103から170に上がり、絶対的というわけではないが、これは腫瘍が広がっていることを示している。だから私は急いで体力を回復し、次の治療に取りかかれるように する必要がある。

2008年3月29日

体力が確実に回復している。毎日ベッドで過ごす時間が短くなり、より「人間らしく」感じられるようになっている。医師は、おそらく2週間の内に、検査と治療を次のステップへと進められるだけの体力ができるだろうと言っている。もう一つ良いこととして、私のケースでは腫瘍の活動と強く相関するCA19-9血液マーカーの上昇が緩やかだということがある。

これは最近のCA19-9の値だ。
2月29日: 94
3月14日: 103
3月21日: 170
3月27日: 216

私の腫瘍が株だとしたら、「買い」だと評価されるところだ ;-)

2008年4月2日 戦いに戻る

ボクシング好きの言い方をすると、心腎機能不全以来の何週間かは「スタンディング・エイトカウント」だった。見事にノックダウンされ、立て直すまでに時間がかかった。今は自分の足で立っていられる。まだふらふらはするが、戦える準備ができた。

昨日のCTとMRIスキャンの結果、11番目の新しい(小さな)腫瘍ができ、前からあった10個の腫瘍も少し大きくなっていたが、ほんのわずかだ。一番大きな腫瘍で2.5センチある。6週間の間化学療法をしていなかったことを思えば小躍りするくらいの知らせだ。

1) 化学療法を止めて以来恐れていたようにがんがものすごい勢いで拡がりはしなかった。

2) 腫瘍はすべて肝臓にあるため、肝臓専用の治療法が使える。

私はこれを回復室で書いている。がん細胞の生体検査を受けたところなのだ。サンプルはアリゾナのTGENに送られて、どの化学治療薬が私の腫瘍に最も効果的かを調べることになっている。

次のステップはたぶんセラスフィアによる塞栓治療になるだろう。これは肝臓専用の治療法で、副作用がごく小さく、全身的な化学療法みたいにうんざりするものではないとのことだ。

戦いは再開し、私は力を取り戻している――1週間かそこらでまた自転車に乗れるようになることを期待している。

2008年4月2日 

まだ自転車に乗れるほどではないが、旅行して治療を進められるくらいには体力が戻った。明日は一日メリーランド大学でSIRスフィア治療の候補者として評価を受ける。

基本的には、この治療ではイットリウム90で放射線を帯びているたくさんの小さな球(髪の毛よりも太さよりも小さい)を肝臓に流れ込む動脈に注入する。これらの球は腫瘍に集まり(直感的にはわからないが、そうなる)、血流を妨げるとともに放射線を浴びせる。

2008年4月12日 

木曜日を一日中メリーランド大学で過ごし、素晴らしい医師たちと会った。そしてこの治療を受けられることになった。

ジェイと私で、治療を始められるだけの体力を回復するのにどれくらいかかるか判断する必要がある。

2008年4月15日 心不全 第二弾

うえっ。昨日心臓専門医のところに行ったら、心不全が再発しているのがわかった。私の「駆出率」(心臓の出力)は30%にまで下がっていた。

いいニュースは、24時間後には彼らの治療のおかげで私の血圧は正常な範囲内に戻ったということだ。それに利尿剤で水分にして2キロ体重が減った。どちらも疑いなく原因となっていたものだ。病院にまた逆戻りするほど深刻な事態ではないし、速やかに回避できると期待している。大きな問題といえば、血圧治療は体が疲れ切ってしまうことだ。

2008年4月19日

クレアチニン(腎機能): 3.2

CA19-9(腫瘍マーカー): 295

血圧: 134/88

2008年4月27日

クレアチニン(腎機能): 3.1

CA19-9(腫瘍マーカー): 404

血圧: 130/82

2008年5月2日 がんが拡がる

昨日の断層撮影の結果、ごく小さな(5ミリ以下の)転移が肺と胸のリンパ節に見られた。また腹膜と後腹膜(大まかに言うと腹の内側)にも転移があった。

これは残念な結果ではあるが、遅かれ早かれ起こることはわかっていた。そして予想されていたのよりもずっと遅らせることができたのはありがたいと思っている。

現在の戦略は心機能と腎機能の障害からの回復を続け、体力が十分回復したら、肝臓の腫瘍と肝臓以外の腫瘍の相対的な広がりの程度に応じて、SIRスフィア(放射線療法の一種)か全身的な化学療法を行うというものだ。

 

2008年5月13日

クレアチニン(腎機能): 2.8

CA19-9 (腫瘍マーカー): 634

血圧: 135/85

2008年5月18日 完璧な1日!

誰もがその人生においてこんな完璧な日を持つべきだと思う。カーネギーメロン大学は卒業式でジェイと私をピッツバーグに呼んでくれた。私は式の最後に卒業生への説示を述べる栄誉を与えられた。天気さえもがこの日を完璧なものにしようとするかのように、式が始まる直前になって太陽が雨雲を破って現れた。私はまたSCSとETCの学位授与式でも短いスピーチをした。古い友達や同僚みんなに会えて本当に良かった。招待されて心動かされる経験ができた。
私の3分間のスピーチと、ドラマチックなエンディングはこちら

2008年5月20日 化学療法再開

今日は新しい投薬を試した(エルビタックス + イリノテカン)。血圧はうまくコントロールできているので、試せるだけの体力はあると判断したのだ

2008年5月20日 化学療法が不調

3日間38度を超える熱を出し、たくさん吐いて、5、6日は具合が悪くてベッドを出られなかった。言うまでもないが、今回の化学療法はいい取り合わせではなかった。振り出しに戻る…

2008年6月26日 ゆっくりとだが、引き続き回復している

引き続きゆっくりと回復している。化学療法には蓄積的な効果があり、深く使うほど回復に長くかかる。

私たちの現在の考えは、これ以上の化学療法は賢明でないということだ。現時点で可能な化学療法はほとんどすべてが私を弱らせ/病気にするため、腫瘍の動きを遅らせることができたとしても、それがいいトレードオフなのかどうか明らかではない。

今は免疫療法をベースとした方法に絞っており、こちらは副作用がほとんどない。進展があればまた知らせしよう

クレアチニン(腎臓機能): 2.2

CA19-9 (腫瘍マーカー): 1400

血圧: 120 / 70

 

体重: 64

 


[ 2008/07/22 21:33 ] 膵炎 治療・療養 | TB(0) | CM(1)
やはり 残念です★
amylase様☆

さきほど お知らせ頂きましたので、
Randy教授のHPに行ってみました。
CarnegieMelon大学のサイトにも行きましたが
まだ記述が見えません、ですが
上記の 最後の採血結果を見ましても
かなり 危険な中で 最後までいろいろ
善戦しておられたことが見てとれます。
クレアチニンも これは かなり 来てしまっている数値ですし、ただ
マーカーは わたしの友人で膵臓癌で亡くなった人は
万の単位でしたので、まだ もう少し頑張れるのではないかと思いましたが・・・

これも 何もかもがそうですが、
人と その体質によるものなのだと思います。
本当に がんばり過ぎなくらい
頑張った人生なんだと思いました。
さいごに 奥さまを抱き上げたときなども
これは本当に 渾身の力でやっていることなんだと思いました。

散る桜
それは 誰しもそうですが、
このひとは 
自分の 思い描いた通り 「散れた」のではないかと思います、
しかしながら 本人ではないので
全部はわかりませんが。

かれが 渾身で残した 教訓、
子供さんたち 奥さんへの思いは
その家族の枠を超えて 全世界に及びました。
これは 素晴らしい功績だったと思います。

猫耳★

[ 2008/07/26 18:36 ] [ 編集 ]
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